軍師官兵衛 キャスト 黒田官兵衛 岡田准一

何と言っても2014年の大河ドラマの主役黒田官兵衛訳は岡田准一さんですね。

最近では大ヒットしている永遠の0での演技力も評価されています。

一応知らない人のために、岡田准一さんの略歴をまとめておきます。

岡田准一
岡田准一
1980年 11月18日生まれ
大阪枚方市生まれのB型

1995年 日本テレビ系で放送されていた「天才・たけしの元気が出るテレビ」のコーナー「ジャニーズ予備校」で合格する。

この時、リアルタイムで見ていました。まさかその子が後に大河ドラマで主演を務めるようになるとは。

1999年 堀越学園高等学校卒業

代表作は「木更津キャッツアイ」「SP」など

現在、出身地の枚方市にあるひらかたパークのイメージキャラクター「超ひらパー兄さん」を務める。

小杉の時も衝撃でしたが今回もなかなかの衝撃です。ひらパー恐るべしですな。

黒田官兵衛も関西人

黒田官兵衛の生まれは播磨の国、現在の兵庫県姫路になります。

そういう意味では、同じ関西の出ということになります。

ただ官兵衛は良くも悪くも軍師です。

時に冷酷に、そして狡猾な決断を迫られる時が多多あります。

その辺をどう演じられるのか、あくまで好青年でいくのか楽しみではあります。

官兵衛の若い時は好青年でいいけど、さすがにこれから先は軍師っぽくなってくるんじゃないかな。

荒木村重に捕えられ幽閉された後とか。

大河ドラマの楽しみの一つにキャラクターの成長がありますからね。

軍師官兵衛 ネタバレ情報 前半

NHK大河ドラマ軍師官兵衛始まりました。やっぱり戦国ものは面白いですよね。

もちろん他の時代も面白いですが、戦国ものにはワクワク感というかドキドキ感がありますね。

ちなみに黒田官兵衛は日本を代表する軍師です。

日本で軍師といえば真っ先に名前が上がる一人です。その他は竹中半兵衛、山本勘助と言ったところですかねえ。

片倉小十郎とか直江兼続とか本田正信とかは軍師というより名参謀というイメージがあるんですが、まあそれは人それぞれというところで。

軍師官兵衛の今後どうなるのか年表でまとめてみました

とりあえず長いので前編という感じで播磨時代から。

天文15年11月29日(1546年12月22日)、黒田官兵衛(孝高)は黒田職隆の嫡男として播磨国(現在の兵庫県)姫路で生まれる。もちろん現在の姫路城のような立派な天守閣はない

永禄2年(1559年)、官兵衛は母親をなくした悲しみから学問にのめりこんだようだ。このころ兵法書も読み込んだみたいです。

永禄5年(1562年)、小寺政職の近習となる。またこの年、父と共に土豪を征伐し初陣を見事に勝利で飾る。

永禄7年(1564年)、室津の浦上清宗に嫁いだ妹(大河ドラマでは初恋のおたつ)が婚礼当日に龍野城主赤松政秀に攻められ、夫とともに討たれるという悲劇を向かえる。

永禄10年(1567年)頃、官兵衛は家督を継ぎ、小寺家の家老職も引き継ぐ。また小寺政職の姪にあたる櫛橋伊定の娘の光(てる)を正室とする。

(この年の翌年、足利義昭が織田信長と共に上洛を成し遂げ室町幕府第15代将軍となっている。)

永禄12年(1569年)8月、足利義昭と手を結んだ赤松政秀が姫路城に3000の兵で攻め込んでくる。
官兵衛は奇策を用い、300の兵で2度も撃退に成功する(青山・土器山の戦い)。
(ちなみにその後赤松政秀は浦上宗景に攻められ降伏する)

元亀4年(1573年)4月、東播磨の三木城主・別所長治が攻めこんでくる(印南野の戦い)。

天正3年(1575年)、織田信長の実力を高く評価していた官兵衛は主君の小寺政職に対し織田信長に対し臣従するよう進言する。このころ信長は長篠で武田軍を倒し勢いに乗っている。ただ播磨は地理的に見て中国地方を治める毛利方につく者の方が大勢を占める。
7月、羽柴秀吉の取次ぎで岐阜城にて信長に謁見を果たす。この時、官兵衛の戦略の見通しに大いに感服した信長は名刀圧切長谷部を授けたとされています(現在国宝)

9月、浦上宗景が宇喜多直家に敗れ小寺家に落ち延びてくる。

天正5年(1577年)5月、毛利家の小早川隆景の水軍が、浦宗勝を将として英賀に上陸。5000の兵で攻め込んでくる。官兵衛はこれを500の兵で撃退する(英賀合戦)。
この後官兵衛は長男の松寿丸(後の黒田長政)を織田家に対する人質として差し出す。

10月、秀吉が播磨へ進駐してくると官兵衛は一族のものを父の隠居の城に移らせ、秀吉に姫路城を提供する。
自らは二の丸に住むことになる。

この月末、秀吉の弟秀長は丹波の竹田城攻めに向かう。

秀吉本隊は赤松政範の上月城攻めに向かい官兵衛は先陣を務める(上月城の戦い)

以上が前半の主な流れになります。

それにしても黒田官兵衛の先見性には脱帽します。そのとき播磨で主流の毛利家追随ではなく、あえて新興勢力の織田家につくことに決めるとは。

ただあくまでも小寺家の家老の身分ですのでその勢力というか兵力は少なく大軍相手に少数で挑まなければならない状況がかなりあります。

黒田官兵衛でなければとっくに滅んでいた状況だったでしょう。

大河ドラマ軍師官兵衛がますます楽しみになってきました。